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武術太極拳と学業を両立させながらもメダリストとして真の実力を磨いていきたい

武術太極拳 本多彩夏選手
法政大学 国際文化学部 国際文化学科2年(2016年現在)

  • 2016年10月11日 掲載
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健康法や美容法としても知られ、今やその愛好家は世界で1億人以上いるとも言われる中国伝統武術・太極拳。
競技化された武術太極拳の2015年度世界大会「第13回世界武術選手権大会」で、競技種目・長器械(槍術)の銅メダルを獲得したのが、国際文化学部2年の本多彩夏選手です。

「私がメダルを取るとは誰も予想していなかったと思います。格上の先輩方が多数いらっしゃいますし、入賞の鍵となるジャンプにおいて難易度が一番低いものしか飛べなかったからです。でも、シニアの世界選手権は幼い頃から憧れていた舞台。選んでいただいたからには入賞したいと練習を重ねてきたので、運に助けられた結果だとしても、メダルの獲得は素直に嬉しいですね」

  • 引退後の目標は報道記者。「運動部の記者になって武術太極拳に関わり続けたい」と本多選手【写真左】
  • 短器械を演舞する本多選手【写真右】

実は苦手種目だった長器械(槍術)

約1分30秒間で打つ、蹴る、かわすなど対戦相手を想定した動作を単独で演武し、その技術水準で評価される武術太極拳の套路(とうろ)競技(※世界選手権には2人の選手の打つ・蹴るなどの技による対抗戦競技〈散打〉もある)。ゆったりとした動きで合理的な力を引き出す「太極拳」、中国南方から伝わったと言われる力強い動きの「南拳」、香港出身の映画俳優ジャッキー・チェンによって広く知られ、いわゆる“カンフー”と呼ばれる大きく伸びやかながらスピード感もある「長拳」と、大きく3種類に分けられ、それぞれ武器の有無・種類で全10種目ある中から、本多選手は長拳競技日本代表の選考基準数となる3種目として、長拳、長拳短器械(剣術:両刃の直剣で刺す・切るなどを回転や前身後退と組み合わせた攻防技)、長拳長器械(槍術:柳などの木で作った槍身で突く・払うなどをさまざまな身体動作に組み合わせた技)に取り組んでいます。

ジュニア時代からの実力が期待され、日本武術太極拳連盟が指定した選手しか出場できない全日本選手権・自選難度競技種目(以下、自選難度)に2015年7月に出場。上位選手を抑えて2つのメダルを獲得し、20人弱から日本代表選手8人の一人として選ばれました。

「世界選手権までの4カ月は、確実に加点につながるよう戦略立てて取り組んでいきました。自選難度は特殊で、他の大会種目が決められた動きをこなしていくのに対し、自らプログラムを構成し、表現しなければなりません。世界大会に出場するシニア選手のみが行う種目で、私は日本代表最年少ということもあり経験が少なかったからです。身長166センチと長拳の選手としては長身のため、早い動きは体格が小さい人に比べると遅く見えてしまいますが、一方で、大きく伸びやかな動きは綺麗に見えやすい。素早く動いた後に決めるポーズはどのような形がいいか、簡易なものしか飛べない代わりに数を増やしたジャンプをどうこなすか。芸術性が測られながらも、同時に一つひとつの動作に意味を問われるのが武術太極拳の特徴です。私ならではの套路へ、意味を考えながらブラッシュアップさせていきました」

メダルを獲得した「長拳長器械」は、出場した3種目の中で「実は最も苦手意識があった種目」という本多さん。「組み込んだジャンプの一つが代表選考会(全日本選手権)5日前になるまでどうしても飛べなかったのです。高校1年次にメダルを意識し過ぎて悔しい思いをした経験があったので、今回は自分らしい演武ができるように集中したことが、良い結果につながってくれました」

  • 表彰台で笑顔を見せる本多選手(写真右)。同大会へは椎間板ヘルニアの痛みを抑えながら挑んだ【写真左】
  • 「第13回世界武術選手権大会」に出場した日本代表選手団(写真右から3番目)【写真右】

学業との両立に苦心した武術太極拳選手としての道

本多選手が太極拳を始めたのは4歳の時。祖母からの誘いで健康法としての太極拳をはじめ、その後、武道教室に通い始めて競技の道へ。小学校3年生の時に南関東大会で初優勝。直後に移籍し、大学生らとともに練習を重ねて翌年小学4年生でJOCジュニアオリンピックで3位に入賞。小学校6年生で一度離れたものの、全日本ジュニア強化コーチからの誘いで中学2年生に復帰し、高校時代にはジュニアの日本代表へ — 。

輝かしい経歴を持ちながらも、本多選手はこれまでの道程を「平坦ではなかった」と振り返ります。

「小学3年で移籍した先では大学生以上の方たちとともにトレーニングをこなすため、朝は5時に起床して宿題やテスト勉強をし、学校が終わった後は夜10時まで練習して、毎晩午前0時に寝る生活。小学6年生の時に一度太極拳から距離を置き、中学2年で全日本ジュニアコーチの神庭裕里先生にお力添えいただいて別教室での復帰を果たしましたが、学業との両立は常に課題でした。

強豪国である中国やベトナムと異なり、日本では日本代表選手であってもアマチュアという位置づけで授業免除など優遇措置はありません。そのため、練習できるのは週5日の各日2時間ほど。武術太極拳の選手生命は長くて30歳くらいまでで、一部の監督やコーチになる方を除き、一般社会人になる人も少なくありません。私もそうなることを想定していましたから、学生であるうちにさまざまな経験を積んでおきたい気持ちもありました」

高校2年次には1年間米国へ交換留学。1年のブランクにより強化指定選手から除籍されたものの帰国後は早々に練習を再開する傍ら、留学先で抱いた政治学(Government/Politics)への興味を深めたいと受験勉強に励み、「国際関係や政治経済、3カ国語目も本格的に学べそう」と感じた本学国際文化学部へ。入学後は授業を主とした勉学のほか、スペイン語学習、教職資格、ボランティア活動、バスケットボールサークルなど、多彩に取り組んでいます。

「経験の少ない人生はつまらない。将来の選択肢を狭めないためにも、少しでも興味を持ったことはチャレンジするようにしています。ただ、主軸にあるのは武術太極拳です。高校1年のアジア選手権で日本代表のうち私だけメダルを取れない悔しい思いをしたので、大学4年間で極められるところまで極め、メダルを確実なものにし、実力を認められる選手になることが目標です。それこそが、家族や、復帰を後押ししてくださった神庭裕里先生、現在の恩師であり全日本ヘッドコーチの孫建明先生、これまで支えてくれたすべての方々への恩返しにもなると考えています」

  • 交換留学先の米国にて(写真左から2番目)。留学中、地元のイベントに留学生として初めて出演し、演武を披露した【写真左】
  • 基礎クラスの時から仲の良い仲間と、海水浴やアミューズメント施設に出掛けることも(写真右下)【写真右】

HOSEI ONLINE(http://www.yomiuri.co.jp/adv/hosei/)から転載

本多 彩夏(ほんだ あやか)選手

法政大学 国際文化学部 国際文化学科 2年(2016年現在)


「大学4年間で極められるところまで極めたい」と武術太極拳への思いを語りながらも、「後から後悔するのだけは嫌なので」とさまざまなことにチャレンジし、学生生活を謳歌する本多選手。

「4月からはゼミ活動も始まります。高校時代から興味のある国際政治経済について、将来につなげられるよう、研究を深めていきたいと思っています」

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