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アートを生み出す異文化とのコミュニケーション

法政大学 国際文化学部 国際文化学科
稲垣 立男 教授

  • 2016年12月21日 掲載
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人類学のフィールドワークを取り入れ、地域の人々と共同のアートプロジェクトを手掛けている稲垣立男教授。国内外のどんな場所でも、地域特有の作品を生み出そうと精力的に活動しています。

コミュニケーションから生まれるアート

国内外の地域やコミュニティーに出向き、そこで暮らす人たちと語り合いながら共同で作品を仕上げる「アートプロジェクト」に携わるアーティストとして、長年活動しています。

作品づくりにあたっては「背景の異なる人々の生活や文化を理解し、さまざまな手法を用いて相互の考えを伝えること」を意識しています。そのためには、周囲の人とのコミュニケーションがとても重要です。交流し話を聞いて得られた数々の情報から、作品の構想が広がります。インタビューで相手が語ったフレーズを、そのまま作品の一部として利用することもあります。

2007年から国際文化学部の教員になり、「表象文化演習――コミュニケーションとアート――」をテーマとしたゼミで学生を指導していますが、美術大学ではなく総合大学で教えるからこそ面白いと感じています。

私が指導している学生たちは、美術を専門的に勉強したいわけでも、アーティストを目指しているわけでもないでしょう。そのため、ごく一般的な若者たちにとってアートはどのようなものか、アートを通じて一緒に何ができるのかなど、考えなければならないことが多くあります。

コミュニティーの中に入りこんで、交流を通じてその地の地域性や背景を知り、そこから得られた情報を素材に作品を作り上げるという過程は、今まで行ってきたプロジェクトと同じ発想です。大学というコミュニティーの中で、継続的にプロジェクトを進めているつもりで取り組んでいます。

山深く、美しい集落で続けるアートプロジェクト

ゼミの活動は、アートプロジェクトやワークショップを通じて、文化や背景の違う人たちと関わりを深めていくフィールドワークを主体としています。

ここ数年は、福島県喜多方市にある高郷という山深い地域で、県主催の「森のはこ舟アートプロジェクト」という企画に携わっています。

高郷にある小土山集落には標高508メートルの富士山という小さな山があり、昨年はその山開きイベントのお手伝いをしました。登山客に振る舞う昼ご飯のおにぎりを用意するなど、スタッフとして集落の人たちと一緒にイベントを盛り上げると同時に、作品づくりにも取り組みます。手掛けた作品は、現代作曲家のスティーブ・ライヒの作曲した「クラッピング・ミュージック」という手拍子だけで構成されるミニマルミュージックの演奏です。地元になじみ深い場所で、現代音楽という異質なものを組み合わせたら面白いことが起こるのではと思ったからです。その様子を撮影し集落のプロモーションビデオも作成しました。

3年目となった今年は、棚田の美しい景色を眺めながら往復5キロのコースを歩く「たかさと棚田ウォーク」というイベントと連携する企画を提案しました。コース内の風景を自分たちで描き、その場所に展示したのです。

写真ではなく、スケッチを飾ったことに意味があり、ウオーキングの途中で絵に興味を示した人は、作者と同じ視点を探しながら風景をゆっくりと眺めてくれるのです。結果は成功でした。

新たなフィールドでの困難が人類学との出会いに

初めてアーティストとして海外へ出たとき、文化や歴史的背景の違う相手にも伝わる表現をしなければ通用しないと思い知らされました。一から試行錯誤した末、特別な技術を使うのではなく、人類学で用いるフィールドワークの手法を取り入れました。相手の話をじっくりと聞き、その場に適した作品を考える。完成した作品に対する地域の人たちの反応を見て手応えを感じ、今のスタイルへと結び付きました。

法政の実践知について

法政は「実践知」を掲げていますが、教員として法政に来たことも、いい結果を生んでいます。立ち位置が大きく変わったことで、同じようなアートプロジェクトを手掛けるときも、以前とは違う視点で見られるようになりました。周囲には尊敬できる先生も多く、研究に取り組む姿勢など、教えられることも多いです。そうした環境が刺激となり、作品づくりの新たな発想を生み出すヒントにつながっています。

学生たちも、人との関わり合いを経験し、さまざまな異文化に触れながら自分がそこで何ができるかを考え、見つけてほしい。そこに、私が指導する意義があると思っています。

〈実践知エピソード〉アーティストと人類学との出会い

もともと、大学や大学院では絵画を専攻していました。しかし、初めて海外で作品を発表したとき、文化的背景の違いから思ったような作品が制作できませんでした。日本の大学で学んだ『美術』だけでは不十分だったのです。 その時に、アートや他の文化に関する理解を一層深める努力が必要であると考え、一からやり直すことを覚悟しました。

その後、様々なスタイルの作品を実験的に制作していましたが、現在につながるターニングポイントとなったのはドイツ、トルコ、英国、フランス、日本などで実施した「My Place」という作品シリーズです。

例えば、ドイツのミューリッツ国立自然公園でのプロジェクトでは、同公園内にある二つの村をつなぐ道に作品を設置したいという依頼がありました。このとき私は、村人たちに道にまつわる思い出を聞いて回り、彼らが語ったフレーズを記した巨大なサインボードを作成して、実際にその話が起こった場所に設置しました。話の内容が自分たちの隣人たちのものからということもあって、 二つの村や公園内では瞬く間に話題になりました。

密度の高い交流からアートが生まれた思い出深いプロジェクトの一つが、2000年にカリフォルニア州ロサンゼルスのサンタモニカで手がけた「Tappie Museum(タピーミュージアム)」です。「Tappie(タピー)」は、当時私が住んでいたスタジオの隣人で、とても話し好きな老人でした。彼が語る数々の武勇伝や、奧さんとの思い出話に付き合ううちに、彼の人生を作品化することを思いついたのです。緻密な取材を重ねて、身内の知らないことまで来歴にまとめ、写真や思い出の品を添えて仮設の個人博物館として展示しました。ここを訪れた彼のご家族や友人たちがとても喜んで、熱心に作品を見つめる姿を見たとき、名もない一個人の人生も、人の心を動かす作品になり得ると確信したのです。

今後しばらくはフィリピン、タイ、イタリアなどでプロジェクトを予定しています。まだプロジェクトを実施していない南米やアフリカでもこれから何かできればと思いますね。プロジェクトで初めてその場所を訪れる時は、知り合いもおらず、言葉が通じないこともあるので、何から手を付けたらいいのか途方に暮れることもあります。不安を感じるのはいつもですが、いろいろな人に話しかけているうちに、自然とキーマンが見つかって、交流の輪が広がっていきます。

新しい出会いをきっかけに、どんな話が聞けるのか、どんな作品へと昇華できるのか、それらがプロジェクトを進めていく楽しさです。

稲垣 立男(いながき たつお)教授

法政大学 国際文化学部 国際文化学科

1962年富山県生まれ。
多摩美術大学美術学部絵画科卒業、同大学院美術研究科絵画専攻博士前期課程修了。稚内北星学園大学情報メディア学部助教授、准教授などを経て、2007年より国際文化学部准教授。翌2008年同学部教授。現在に至る。近年は子どものためのワークショップの調査や教育プログラムの開発などにも携わっている。

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