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【法政大学総長対談】やりたいことは、まず言葉にしてみる 新しい挑戦はそこから始まる

  • 2017年8月15日 掲載
  • 卒業生紹介

スキーとそれを取り巻く環境に総合的な楽しさを発見

田中 2014年ソチオリンピックのフリースタイルスキー日本代表でもあり、現在はプロスキーヤーとして活躍されていらっしゃいます。スキーは小さい頃から始められたんですか。

三星 スキーは2歳からですが、いきなり競技スキーではなく、冬休みに家族で楽しむファミリースキーから始めました。伯父が法政大学体育会スキー部OBで、伯父一家と合流して親戚一同で滑っていました。私は上に兄が3人いる末っ子で、2歳上の三男の兄と一緒に、伯父の大学の後輩が運営しているスキースクールに入りました。

田中 スキーのどんなところに魅力を感じられたのでしょうか。

三星 スキーそのものももちろん好きでしたが、横浜育ちの私にとっては雪がある環境が特別なものでした。温泉があったり、美味しい郷土料理を楽しめたり、地元の人の温かみを感じたりと、スキーを取り巻く環境にテーマパークのような総合的な楽しさを感じました。

田中 私も同じく横浜育ちで、大人になるまで全くスキーとは縁のない人生を送っていました。寒がりで冬に雪のある所に行くなんて考えられなかったのですが、教員になってから同僚に誘われて初めてスキーをしたところ、スキーって実は身体が熱くなるものなんだとわかったんです。広い雪原を滑ると気持ちものびのびする。こういう環境の楽しさを初めて知りました。

三星 そうなんです。それが、私がスキーを続けてこられた理由でもあり、私の活動のルーツでもあります。

田中 選手としてはソチ五輪で引退され、現在はプロスキーヤーとしてご活躍されていますが、具体的にはどんな活動をされていますか。

三星 主に雑誌やテレビ、広告などのメディアでイメージアイコンとして出る仕事が多いです。先方が求められるシチュエーションで滑り、スキーやスノーリゾートの楽しさを表現しています。自分が滑ることで、スキーの魅力を発信していくことがプロスキーヤーとしての仕事だと考えています。

田中 小さい頃は芸能活動をされていたとか。

三星 もともとエンターテインメントが好きで、自分のやることに誰かが反応してくれることに喜びに感じる気質でした。小学校3年生の時、タレント募集のチラシを見て、「私がテレビに出たら、友だちはびっくりするかな?」という軽い好奇心から両親に内緒で応募したところ、忘れていた頃に児童劇団から書類審査合格の通知が届きました。目立つことを嫌う両親から「何をやっているんだ」と怒られましたが、さほどやる気があったわけでもないのに、その時感情が高ぶって泣いてしまったんです。すると親も「そこまで言うならオーディションを受けてみなさい」と。ただ、他の人と比べて特別な準備をしていなかったので、受からないだろうと思っていたのですが、トントン拍子で合格してNHKのレギュラー番組が決まり、結局6年生まで2年間やらせていただきました。

田中 それは面白い体験をしましたね。

三星 はい。テレビの裏側の大人の世界を見ることができて面白かったです。小学生ながらに大人と一緒に仕事をして、お茶の間の人たちを笑顔にする仕組みを学ぶことができました。声の抑揚など、自分を表現するための指導もしていただきました。

田中 いろいろな道を子どもの頃から持っていらして、それが後の活動に活きていますね。

三星 今のプロ活動に本当に活きています。これからも活かしていきたいと思っています。

法政で自らのマネジメントを学んだ

田中 法政大学社会学部に進学されたのは伯父様の影響ですか。

三星 はい。さらに2歳上の兄も法政大学スキー部に在籍していましたし、伯父をはじめ周囲に諸先輩の方々が多くいましたので、法政大学への入学は私にとって自然な流れでした。入学当時、スキー部内に女子部はありませんでしたが、監督から推薦をいただいて入学したからには伝統ある法政大学スキー部の名に恥じぬように頑張ろうという決意でした。

田中 最初は女子1人で大変だったでしょう。

三星 当初はトレーニングメニューもほとんど男子と同じで大変でしたが、兄がいることで先輩たちが妹のようにかわいがってくれてありがたかったです。私も学年が上がると、後輩となる女子部員を自ら次々とスカウトして増やしていき、3部からスタートした女子部を在学中に1部に昇格させる目標を達成させてもらう事ができ、とても満足しています。

田中 ご自身で女子部を率いてきたのですね。たいへんなリーダーシップですね。しかも部を高めていらした。そこまでの過程で自信がついたでしょうし、多くの学びがあったでしょうね。

三星 現在、プロとして自分自身のマネジメントもやっていますが、そうした仕事のやり方を一番学ばせてもらった場所が法政大学でした。何もないところから女子部を作らせていただけるというレールを自らひき、周囲の人たちに賛同をいただきながら結果を出し、それをいかに次につなげていくかということを経験から学ばせていただきました。

田中 その経験のすべてが三星さんの中に入っていて、プロへの道も開かれていかれたのですね。きっと後輩たちも後に続きますよ。

三星 おかげさまで妹のようにかわいがっている後輩達の中にも卒業後プロに転向し、さらに道を切り拓いている方々がいます。

田中 お話を伺っていると、卒業後に取り組まれたスキーチーム「Massh」の結成も、長野県の野沢温泉村でのスキーショップの運営も、どれも三星さんにとって自然な流れの上での活動なんだということがわかります。

三星 やりたいことがあると、「こんなことがしたい!」とつい口に出して言ってしまうんです。すると、協力してくれる方が次々と現れていただいて、後に引けなくなるというパターンが今まで多いです。

田中 やりたいことを言葉にするって大事なことです。自分が何をしたいのかを言語化しなければ、相手も自分も認識しませんから。

三星 本当にその通りで、私はいつも言葉にすることから始めてきました。例えば「スキーを格好良いスポーツにしたい!」という思いから、10年ほど前に「Maash」というスキーのアイドルユニットを結成しました。当時、スノーボードに押されてスキー人口が低迷するなか、ビジュアルにも気を配り技術も熱もある女の子がスキーを格好良く滑ることで、従来とは異なったアプローチでスキーの魅力をアピールできたと思っています。

田中 今の活動の拠点は野沢温泉ですね。私も江戸時代以来の組織を調べる調査で行ったことがあります。有名な道祖神祭りもあり、コミュニティーとして非常に面白い。江戸時代の組織ってこうだったんだってことがよくわかる場所です。

三星 同じ種目の競技者であり、現在もプロスキーヤーとして活躍をしている夫が野沢温泉出身なんです。メディアを通じてスキーを周知する活動をする一方で、競技活動を引退した後には地元に根付いてお客様を直接アテンドできる活動もしようということでショップを立ち上げました。また、他地域との連携体制をとっている日本で唯一のフリースタイルスキーの大会を野沢温泉で開催し、その運営も中心となって担っており、今年で7年目となります。

田中 本当に何でも新しいことを始めちゃうんですね。「法政の卒業生はかくあるべし」という、フロントランナーのモデルのようなかたですね。

三星 何かを新たに始めるときにマーケットを重視しがちですが、マーケットを気にし過ぎるとなかなか着手できません。私は仮にマーケットが小さくてもとにかくやってみて、そこを大きく育てていくことに喜びを見いだしています。

野外活動の楽しさ伝えていきたい

田中 まさにフロントランナー! ママアスリートを応援する事業もされているとか。

三星 「ママアスリートネットワーク」はスポーツ省からの委託事業で三期目に入りました。ソチオリンピックは一度引退してからの出場で、出産したばかりでしたので、育児の不安や悩みも多かった。4カ月にも及ぶ海外遠征時の子どもの預け先や資金面での苦労や心の葛藤を癒せるアドバイスをくれる人もいなかった。引退後、自分と同じママアスリートをサポートするネットワークを作りたいと言ったら、「では、やりなさい」ということになったんです。

田中 また同じパターンですね。ママアスリートは増えていますか。

三星 東京オリンピックに向け、確実に増えていくでしょう。ただ、選手としてのキャリアと女性としてのライフイベントが同時期に重なってしまうため、そういった事を加味しながら選手自身とサポートガイドが事前にプランニングしていく必要があるのではないかと思います。そこで、「ママアスリートネットワーク」としてワークショップを開催し、各連盟の方やコーチの方に来ていただいて、選手としても女性としても旬な時期を逃さずに過ごせるための働きかけをしています。

田中 特に今度のオリンピックは、国内で対応できる。さらには、外国人選手のお子さんへも対応もできれば望ましいですね。

三星 それは思いつきませんでした。確かに、できたらすごいこと。検討します。今度提案してみます!

田中 次はどんなことを始められるのでしょうか。

三星 海外に転戦して気づいたのは、野外活動が盛んなことです。日本も環境面で十分にポテンシャルがあるのに活かしきれていません。私は長野県に住んでみて、改めて野外の素晴らしさに気づかされたので、野外活動の楽しさを伝え、スポーツツーリズムを活性化させるアクションに挑戦したいと考えています。

田中 高齢化が進み、若者が減少している地方の現実がありますが、そうした動きが広がれば、若者も戻ってくるかもしれません。

三星 ただ、非常に時間がかかると思っています。今の社会にはそもそも野外活動の経験がない人が多いので、本格的に促進するにはまだ早いのが現状です。でも今、生まれ育った土地を愛する教育を受けている世代から始めることは可能だと考えています。自分がいるフィールドの楽しさをいかに感じるのかが大事で、例えば海外のお客様が何を楽しんでいるのかを知ることで、自分のいる場所の持つ可能性を見出すことができる。きっと、そうした経験の積み重ねが地域を盛り上げるためにどういうことをしなくてはいけないのかを考えるクリエーティブな子どもを育てることにつながるはずです。幸い、こうした思いを共有する人たちが周りにいるので、次世代に繋がるモデルケースを作って行きたいですね。

田中 よくわかります。急いでプロジェクトを立ち上げても、土地の様々なものを壊すことになる。今までそういう失敗はありましたよね。地道に自分の土地を愛する人を育てる方向性を持っていれば、日本の地域はこれからよくなる。相当すごいことになると思いますよ。

三星 はい、相当すごいことにしていきたいです。

田中 素晴らしいお話をたくさん伺えて、今後の教育を考える上でも大いに参考になりました。今日はありがとうございました。

プロスキーヤー 三星 マナミ(みつぼし まなみ)

1984年神奈川県横浜市生まれ。2006年法政大学社会学部卒業。日本の女性フリースタイルスキー・ハーフパイプの草分け。2012-13FISワールドカップフリースタイルスキー・ハーフパイプで2位。ソチオリンピック・フリースタイルスキー・ハーフパイプ日本代表。またフリースタイルスキー公式戦女子の部ではフレアという技をメイクし世界で初めて成功させた。2014年スキー競技を引退。現在、ママアスリートネットワークのプロジェクトリーダーを務める。

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