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日本の優れた社会保障制度を持続させるための課題解決を探究

経済学部経済学科
菅原 琢磨 教授 

  • 2018年8月29日 掲載
  • 教員紹介

医療経済学の専門家として、社会保障審議会の部会委員なども務める菅原琢磨教授。医療人との対話で知り得た現場感覚に、経済学者としての知見を加え、社会的問題の解決に取り組んでいます。

社会保障の課題解決のために医療経済学を探究

医療経済学を専門として社会政策や社会保障の問題に取り組んでいます。

医療経済学は、市場の原理や効率性を重視した一般的な経済学の知見に加えて、社会政策や社会保障制度との関連性も強い特異な性格を持つ学問です。

例えば製薬産業が市場の原理のままに薬を販売すれば、効き目が確かでも高額な薬剤は、一般の人々は利用できず受けられる医療に大きな格差が生じるかもしれません。そのため日本では薬価を国が決めていますが、それが低すぎると、企業は十分な利益を上げられず、新薬を生み出すことができなくなります。効率的で自由な経済活動を生かしながら、公平性や公正性といった側面も重視される社会保障制度について、どのような規制や制度を設けることが適切か。そうした視点で研究を進めてきました。

本格的な研究に着手した頃、折よく介護保険制度の新設が検討され、先に制度を取り入れたドイツやルクセンブルクへの調査に同行するなどの好機を得ました。急激な高齢化に対応する新たな社会保障制度の設立という、またと無い機会を体験したことで、社会的課題の解決に尽力したいという思いが一層強まったのです。

日本の医療保険制度は、誰もが比較的低額な自己負担で診療を受けられる、世界的に見ても素晴らしい制度です。このような社会保障制度を持続可能な制度として維持させるため、深刻な少子高齢化社会でのあるべき制度の姿と課題の解決を探究しています。

現場の声を知ることで身に付けたバランス感覚

社会保障分野で医療制度はどうあるべきかを問う議論では、「財政が窮迫しているから改革を要する」と迫るだけでは、医療の現場から「命に値段を付けるのか」と猛反発を受けかねません。とはいえ、制度を維持するには財政的側面をおろそかにはできません。

財政的見地か医療提供側の現場意識か、どちらかに偏った視点で医療経済学を探究しても、良策は生まれない。そう感じていたので、現場の声に近い医療福祉を学ぶ大学の教壇に立ち、その後、厚生労働省の研究・研修機関である国立保健医療科学院で、医療福祉に関係する職員教育に携わりました。

深刻化する高齢化社会では、医療だけでなく介護や福祉の問題も包括的に捉えた社会政策を打ち出していく必要に迫られるでしょう。経済学者として、財政面と現場意識の両面から知見を広げながらキャリアを積み、「実践知」というべきバランス感覚を身に付けたことが自分の強みだと考えています。

社会保障制度のありがたみを感じるのは、病気や介護、年金などの問題に直面したときです。そのどれもが縁遠い若い世代に、制度を支える一員としての自覚と理解を求めるには、正しい情報を提供し、重要性を認識してもらうことが不可欠です。大学教育という場でそれを実践していくことが、自分のミッションだと感じています。

学生たちには、一方的に知識を与えるのではなく、今まさに模索している社会課題を学生に提示し、君たちならどう考えるか、一緒に解決策を考えようと促し、意見を求めています。

多様性を受け入れることが社会的なつながりを強くする

幸い、厚生労働省の社会保障審議会など、具体的な社会保障政策に直結する委員も務めているので、若い人たちの声を咀嚼(そしゃく)し、これからの世代の声として議論に反映させていくことができます。現役世代や若い世代の声を政策現場に届ける「中継役」としての役割も重要と考えています。

社会的な連帯を前提とした社会保障制度を維持するには、社会的なつながりの強さが大切です。自分にはメリットがないから要らないと切り捨ててしまったら、崩壊してしまいます。

そこで大切なのが、多様性を認める寛容さです。欠点も含めて認め合い、存在を受け入れていく。そうした懐の深い土壌を、ダイバーシティ宣言を打ち出す前から、法政は持っていたように感じています。

私のゼミでは、面接時に「優秀な人もあえて選ばないことがある」と明言しています。メンバーを多様化し、お互いが刺激し合って学習効果が高くなるような組み合わせを考えて人選するからです。最初は苦手に感じても、理解し受け入れることで、やがては皆の幸せにつながる。そんなシミュレーションをしながら、社会の一員として、誰かのために社会を支える心を育ててほしいと願っています。


思春期に目の当たりにした理不尽な社会的不平等で、芽生えた思いが原動力に

社会保障に興味を持ったきっかけを振り返ると、中学時代にまでさかのぼります。団塊ジュニアと呼ばれる世代の私が通っていた公立の中学校は、1学年あたり400人以上の生徒が集うマンモス校で、クラスの中に数人は、両親と一緒に暮らすことができない複雑な事情を抱えた生徒がいました。遠足にお弁当を持ってこられないとか、勉強が遅れがちになるといった彼らの状況を目の当たりにして、「自分には、いったい何ができるのだろう」と問題意識が芽生えたのです。そこから漠然と、社会全体の問題解決に携われるような仕事に就きたいと考え始めるようになりました。それが、原点です。

やがて経済学者を目指す道を考えた時、新たな課題に取り組みながら、社会全体の状況の改善、厚生・満足度の向上を図りたいと考え、医療経済学に携わることを決めました。当時から、高齢化社会により需要が拡大すると考えられていた医療、介護分野には、経済学の専門家が非常に少なかったからです。

医療経済学は、経済学の中では「市場の失敗」と呼ばれる分野と深い関連を持ちます。市場経済では幾つかの条件の中、人々の自由な経済取引のもとで効率的な資源配分と社会厚生の最大化が図られるとされています。しかし、医療サービスのように医療提供者と患者の間に、必要なサービスについての知識や情報に大きな差があったり、施される予防や治療の効果が患者個人だけでなく、社会全体にとって有益な場合、市場取引では適切な医療サービスの配分を行うことが困難となります。さらに効率性だけでなく公平性や公正性といった価値観からも医療や介護の提供のあり方は考える必要がありますので、適切な制度設計はより複雑で難しいものとなります。

このような背景から医療や介護の分野では、国が主導して公的保険制度を設け、医療や介護サービスに対する報酬を決定したり、適切な提供体制についてもさまざまな規制ルールを設けてきました。

現在は、法政での研究・教育活動に加えて、厚生労働省の社会保障審議会の部会委員、診療報酬点数を決める中央社会保険医療協議会(中医協)の分科会委員、内閣府では総合特区の評価を行うライフイノベーション分野の委員なども務めています。自らの学問的な背景をベースにしながら現実の政策決定の場に身を置くことで、厳しい財政制約のもと、人々が安心して生活し、幸福感を感じながら暮らしていけるようにするためには何が必要か、日々追究しています。

国立保健医療科学院に在籍時、2010年にバ リで開催された国際学会で、医療機関が与 える住民の安心感を定量的に評価する手法 と結果を報告

菅原 琢磨 教授

経済学部 経済学科

1971年東京生まれ。学習院大学経済学部経済学科卒業、同大学院経済学研究科経済学博士前期・後期修了。博士(経済学)。国際医療福祉大学医療福祉学部で専任講師、准教授を務めた後、国立保健医療科学院で経営科学部サービス評価室長、人材育成部介護予防保健事業推進評価室長などを歴任。2012年より、法政大学経済学部教授に。厚生労働省の社会保障審議会など、複数の行政機関の委員としても広く活動している。
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