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新消費者法研究――脆弱な消費者を包摂する法制度と執行体制(経済学部経済学科 菅 富美枝 教授)

  • 2020年9月17日 掲載
  • 教員紹介

2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

菅富美枝教授は、「第4回津谷裕貴・消費者法学術実践賞【学術賞】」(民事法研究会/津谷裕貴・消費者法学術実践賞選考委員会)を受賞しました。

著書『新消費者法研究――脆弱な消費者を包摂する法制度と執行体制』(2018年、成文堂)

1.はじめに 

本書は、2017年度法政大学出版助成を受けて、刊行されました。また、本書の内容は、法政大学在外研修員として、2015年3月末から2016年9月末まで、英国オックスフォード大学、及び、独ベルリン・フンボルト大学に派遣して頂きました期間中の現地調査、及び、文献調査を主軸に致しております。さらに前後して、2014年9月には予備調査を、そして、在外研修終了後の2017年1月、3月、8月には3度にわたるフォローアップ調査を実施しており、それらの調査にも基づいております。

このように法政大学からの様々なご支援があって、この度の「第4回津谷裕貴・消費者法学術賞【学術賞】」受賞となりました。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

2.本書の背景、視点

本書は、まだ学生であった2000年頃から、およそ20年間にわたって取り組んで参りました「判断能力の不十分な人々の法主体性の回復」というテーマの一環として執筆されています。つまり、本書は実質的に、2010年に刊行致しました拙著『イギリス成年後見制度にみる自律支援の法理』、編著者を務めさせて頂きました2013年刊行の『成年後見制度の新たなグランド・デザイン』に続く、三冊目(いわば三部作)としての意味合いも有しています。特に本書では、脆弱性を有する消費者(一般には、「脆弱な消費者」と呼ばれています)の「契約主体」性の回復が意識されています。

本書の基本的視点は、判断能力が不十分になっても消費生活をあきらめさせられることなく、必要な支援と、悪質な事業者に対する十分な保護を受けながら、市場社会において、なおもアクティヴな契約主体であり続けるには、どのような法制度・社会システムが必要か、というものです。イメージとしましては、本書の表紙にも表れておりますが、リタイア後も、住み慣れた地域共同体や馴染んだネットワークの中で、適度な見守りを受けながら、自立して豊かに暮らす生活、すべての人にとっての安心・安全な社会を描いております。

著書『新消費者法研究――脆弱な消費者を包摂する法制度と執行体制』

3.「自己決定支援」の発想へ――脆弱な消費者の行為能力(契約能力)を制限するという発想からの脱却

このような社会を実現するためには、「自己決定支援」という考え方が社会に浸透していることが必要となります。周囲が安易に本人に決定能力がないと決めつけてはならないという法理念と、判断能力の不十分な状態にあっても最大限にその人の能力を引き出すことの重要性を認識し、それらを社会の中で具体的に実践することが求められます。

こうした姿勢は、2007年「国連障害者権利条約」におきまして、契約能力を含む「法的能力の平等とその実質的保障」という基本姿勢(同条約第12条)に表れており、わが国も同条約を2014年に批准しています。ただし、社会や法制度のあり方が条約の目指しているところに沿っているかというと、残念ながら、まだ完全には達していません。日本社会においては、未だに、判断能力などの点で脆弱性を有する人々は、周囲の支援を受けながら市場に自ら参加するーー自己決定支援ーーよりも、本人の利益を考える誰かに代わってもらうーー代行決定ーーということがふさわしいと信じられている(その裏返しとして、本人は自ら契約を締結する機会を奪われてしまうーー行為能力制限――のですが)からです。

4.消費者被害の抑止と自律の尊重

これに対して、イギリス社会では、認知症の高齢者や、知的・精神的障害など、潜在的に脆弱性を有する人々も、自ら契約締結に臨むことが前提、あるいは理想とされています。だからこそ、これを側面から支え、消費者被害を抑止するため、契約締結の場面において相手方からつけこまれないよう、脆弱性を制御・抑制するための法的仕組みがしっかりと置かれているのです。

つまり、刑事的、行政的、民事的、さらに自主規制といった様々な形で、法規制が幾重にも整備されているのです。また、制度間に隙間が生じないよう、これらが協働的、機動的に作用する、柔軟かつ厳格な執行のメカニズムの実践が意識されています。

5.「脆弱性」概念の見直し――「状況的脆弱性」

こうした法体制の基盤にあるのは、脆弱性を本人の属性から切り離し、市場において「不公正が生じうるリスク・ファクタ―」として客観的に捉えた上で、脆弱性とは、契約締結の際の状況、すなわち、相手の行為態様を中心とした外部条件に左右されるものであると捉える発想です。つまり、状況依存的な「状況的脆弱性」という概念を取り入れ、脆弱になっている部分を補完したり、あるいは、そもそも脆弱性が発現しないよう、商品やサービスの提供方法に配慮するなど、外部環境を整えることによって、それらを抑制する/できる/すべきという発想に立って、法や社会を再設計していく、というものです。

適切な制度設計によって、脆弱性の有無にかかわらず、あらゆる消費者を市場社会へと再包摂していくことが可能になるという視点に立つことは、すべての人の多様性を認めるという意味でも、これからの日本社会に必要な姿勢と考えます。国際標準化機構(ISO)においても、そうした認識が強まっています。

6.むすびに代えて

以上のような新しい発想に立つとき、事業者には、市場において個々の消費者が抱えている脆弱性を敏感に察知し、その対応に努めた商品開発やサービス提供を行うこと、契約条項の提示にあたって顧客を公正に取り扱うことが求められます。ただし、これらに真摯に取り組むことは、事業者にとって、一方的負担と考えるべきではありません。むしろ、真の競争が可能となり、また、事業者自身の評判を高めることにつながっていくことから、消費者のみならず事業者も利益を得るWin-Winを実現するものだと考えます。

最後になりましたが、この度授かりました賞は、不招請勧誘などを中心として、消費者被害の根絶と消費者問題の解決に向けて多大なご尽力をなされた津谷裕貴弁護士の生前のご業績を称えるものです。本書が、津谷先生のご遺志にいくらかでも合致し、今後の日本社会の進展に役立つ部分があるとすれば、望外の喜びです。

法政大学経済学部経済学科

菅 富美枝 教授(Suga Fumie)

早稲田大学法学部卒業、大阪大学大学院法学研究科博士前期課程修了。英国オックスフォード大学大学院法学研究科博士前期課程修了 M.St (Legal Research)。大阪大学大学院法学研究科博士後期課程修了 博士(法学)。英国オックスフォード大学法学部客員研究員、独ベルリン・フンボルト大学法学部客員研究員。主要図書は『新消費者法研究――脆弱な消費者を包摂する法制度と執行体制』(2018年、成文堂)【受賞対象】、『イギリス契約法の基本思想』(ニコラス・J・マックブライド原著、菅富美枝訳)(2020年、成文堂)、『成年後見制度の新たなグランド・デザイン』(2013年、法政大学出版局)、『イギリス成年後見制度にみる自律支援の法理』(2010年、ミネルヴァ書房)、『法と支援型社会』(2006年、武蔵野大学出版会)。


※所属・役職は、記事掲載時点の情報です。

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