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【ESSAY】経済学とデータ分析で真実に迫る

経済学部経済学科 准教授
濱秋 純哉

  • 2021年8月10日 掲載
  • 教員紹介

ESSAYでは、15学部の教員たちが、研究の世界をエッセー形式でご紹介します。

経済学の魅力

人々は自分の行動をどの程度「損得」で決めているのでしょうか。全ての行動を「損得」だけで決めている人もいるかもしれませんし、他人に嫌われたりケチだと思われたりするのを避けるために、ほどほどにしている人もいるでしょう。経済学は、大ざっぱに言えば「損得」で人々の行動をどれだけ説明できるかを追求しています。経済学は、複雑な現実経済をなるべく単純化するために、多くの仮定を置いて人々の行動原理を抽出しようとします。単純化を行っても、人々の行動を「損得」でうまく説明できることが多いのが経済学の魅力の一つです。

中には、そんなことまで「損得」で決められているの?!と驚くような結果が示されている研究もあります。私が専門とする公共経済学の分野では、課税が人々の行動に及ぼす影響について多くのデータ分析が行われてきました。例えば、ヨーロッパで活躍するサッカー選手の移籍先の選択にその国の所得税(の最高税率)が影響を及ぼしていることや、遺産相続に対する課税は人々の死亡のタイミングまで変えることなどが明らかにされています。どちらも緻密なデータ分析に基づいて得られた結果で、世界的に権威のある雑誌に論文として掲載されました。

また、経済学には「顕示選好」という概念があります。これは、人々の行動の結果には各人の「好み」が反映されるという考え方です。これに基づいて人々の行動の結果を分析すれば、その行動の背後にある好みを明らかにできることになります。先に紹介したサッカー選手の移籍先の選択や遺産相続に対する課税の研究結果からは、人々(特に富裕層)がいかに強く課税から逃れたいと思っているかが読み取れます。人には多少なりとも他人からよく思われたいという気持ちがありますから、大っぴらに「自分は課税から逃れたい」などとは言いません。むしろ、模範的な納税者であることをアピールしたいと思うのが人情でしょう。しかし、経済学に基づいてデータ分析を行うと、人々の「本当の」気持ちや考えがあぶり出されることが多々あります。このように真実に冷徹に近付けることも、私にとっての経済学の魅力です。

ただし、経済学の魅力にとりつかれ過ぎると、日常生活では「嫌なヤツ」になってしまう恐れがあるので注意が必要です。例えば、慈善団体への寄付などを通じた社会貢献に積極的な米国の大富豪を見て、本当は寄付に対する優遇税制によって納税額を減らすのが目的ではないかと勘繰ってしまうことがあります。しかし、その大富豪が自分と違って「良いヤツ」にすぎない可能性も完全には否定できません。当然ながら,経済学では説明の難しい行動を取る人々も世の中にはたくさんいますから、虚心坦懐(たんかい)に物事に向き合うことも重要だと感じています。

経済学との出合い

私が経済に興味を持ち始めたのは、小学校高学年から中学生にかけてだったと記憶しています。きっかけは1980年代から90年代初頭にかけて日本が経験した「バブル経済」の生成と崩壊でした。バブル崩壊までは、テレビのニュースで耳にする百貨店の売上、初詣の人出、株価などはいつも「過去最高」という枕詞と共に紹介される印象がありました。ところが、90年代に入ると急に経済に元気がなくなってしまいました。当時の私には、何が起こったのかがはっきりとは認識できませんでしたが、ニュースで「バブル崩壊」という言葉がよく使われるようになり、何かとんでもないことが起きたことは分かりました。

私の祖父は当時経済雑誌を定期購読していたため、経済に詳しいに違いないと思い、「バブル」の意味を尋ねてみました。2回尋ねてみたのですが、祖父の返事はどちらも「泡のこと」でした。今でもこの回答についての祖父の真意は不明ですが、子どもに難しい説明をしても理解できないだろうという祖父なりの配慮だったのかもしれません。

ニュースで聞く「バブル」が単なる泡の話だと思えなかった私は、自分で調べてみることにしました。当時はまだインターネットなどない時代だったので、調べるには新聞や本を読むしかありません。そこで最初に読んだのが、ちくま新書の『経済学を学ぶ』(岩田規久男著)という本です。中学生の私にとっては難しい本でしたが、価格の変化を通じてにんじんの需要と供給の一致が達成されるという説明を読み、にんじんの価格と取引量の決定をそのように理解できることに衝撃を受けました。他にも入門者向けの経済書を何冊か読んでみたところ、どうやらマネーサプライ(現在のマネーストック)というものがバブル経済に関係あるらしいことは何となく分かりましたが、多くの専門用語が理解できず、悔しい気持ちを味わいました。この経験から、大学に入って経済学を本格的に学びたいと思う気持ちが徐々に芽生えました。

もし祖父が「バブル」の意味を丁寧に説明してくれていたら、私はそれを自分で調べようとは思わず、今頃は別の道に進んでいたかもしれません。調べるきっかけをくれた祖父には感謝しています。

世代間資産移転から見る家族

私は10年ほど前から、生前贈与や遺産相続(世代間資産移転)について研究しています。親子であっても、親が自分のことをどう思っているのか本当のところはよく分からないものです。しかし、世代間資産移転のデータ分析から明らかにできることは少なくありません。例えば日本では、自分の老後の面倒を見てくれた子に財産を残す傾向が強い一方、必ずしも経済的に不利な子に財産を多く残そうとはしないようです。また、子の世代が自分たちほど豊かな生活を送れないと予想する親ほど、財産を残すために多く貯蓄することも分かりました。このように世代間資産移転を通じた親子間のつながりを明らかにすることは、政府の経済政策の影響を検討する上でも重要な情報となります。

この他、相続税の租税回避についても研究を進めています。冒頭で紹介したように、課税は人々の行動に影響を与えます。特に、租税回避策にお金をかけられる富裕層にこの傾向が強いと考えられます。莫大な資産を持つ彼らは、海外への(一定期間の)移住や子の国籍変更など、あらゆる手段で相続税を回避しようとします。データでこの実態を明らかにできれば、相続税が格差是正や税収確保にどれくらい有効なのかが分かるはずです。

経済学とデータ分析で世代間資産移転をどこまで理解できるのか、今後も探求し続けたいです。

(初出:広報誌『法政』2021年8・9月号)

法政大学経済学部経済学科

濱秋 純哉 准教授(Hamaaki Junya)

1980年石川県生まれ。2003年慶應義塾大学経済学部卒業。2010年東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)取得。内閣府経済社会総合研究所研究官、一橋大学大学院経済学研究科専任講師を経て、2014年4月より法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学、応用計量経済学、研究テーマは家計行動のミクロ計量分析。編著に法政大学比較経済研究所 研究シリーズ34『少子高齢社会における世代間移転と家族』(2020年、日本評論社)。

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