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【HOSEI PHRONESIS】谷崎潤一郎や越境文学を題材に言語と文学の在り方を探究

GIS(グローバル教養学部)グローバル教養学科
グレゴリー・ケズナジャット 准教授

  • 2022年1月20日 掲載
  • 教員紹介

国文学の概念に収まりきれない越境文学の研究に取り組んでいるグレゴリー・ケズナジャット准教授。日本語を母語としないからこその視点で探究を深めています。

谷崎潤一郎作品との衝撃の出合い

専門は近代と現代の日本文学の研究です。主に谷崎潤一郎と、文化と言語の越境を描く文芸作品、いわゆる「越境文学」を研究対象としています。

最初は、言語の難易度の高さから日本語に興味を持ち、日本文学を読む中で谷崎潤一郎の作品に出合ったことが人生の転機になりました。

最初に読んだのは、英文に訳された『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』という随筆でした。日本と西洋の美意識を本質主義的に論ずる内容に反感を抱き、気分良く読み終えられませんでした。自分はなぜこのように感じたのか、このような作品を書く谷崎潤一郎とは何者だろうと気になり、探究するようになったのです。

谷崎潤一郎は独特な存在で、文壇デビューした当初は異端児扱いされていました。それがいつしか日本を代表する文豪となり、作品は教科書にも掲載されています。どのような変遷で、谷崎潤一郎の独自性が国文学制度に組み込まれていったのか、そのプロセスにも着目して研究を進めています。

越境文学の作家の一人として注目しているのは、法政大学の国際文化学部に在籍されていたリービ英雄名誉教授です。1980年代から創作活動を続け、日本語で書かれた文学の新たな可能性を切り開いた作家です。リービ先生の作品をはじめとする越境文学との出合いが、自分も日本語で小説を書いてみたいと思うきっかけになりました。

2015年に上海にて開催された、谷崎潤一郎没後50周年記念国際シンポジウム「物語の力」に参加。研究発表を行った

英語圏で育ったからこそ書けた小説

2007年から日本で暮らし始めて、14年以上になります。来日してすぐに日本の学校で外国語を指導する助手として派遣された先が京都で、その後、同志社大学の大学院に入学して卒業するまでの10年間を過ごしました。

大学院では意識的に英語を封印し、日課として日本語の小説を読み、日本語で生活することで、生きた日本語を身に付けようと奮闘していました。

2017年に大学院の博士後期課程を修了。日本語で日本文学を学修するために、日常でも英語を封印していた

当時は日本語の勉強の一環として日記をつけ始めました。しかし行動を記録するだけでは内容が単調となるので、徐々に情景の描写を増やして、時には虚構の話も書いてみました。虚実ない交ぜのこの文章を基に書いた小説が、京都文学賞を受賞した『鴨川ランナー』です。

小説を書くにあたって、頭を悩ませた表現の一つが人称です。『鴨川ランナー』では、主人公が「きみ」という二人称で語られます。英語では、「あなた」を示す以外に「世間一般」を表す一般論でも二人称の主語を使うことがあります。さらに、自分の話を一般化する場合は、気恥ずかしさをごまかそうとする気持ちが含まれます。「自分が特別なのではなく、誰もがすることだから」というニュアンスを暗に示しているのです。題材が私小説に近い内容なので、主人公と私を切り離す意味でも二人称が最適だと思ったのです。

日本語で書かれた小説では珍しい人称で、読者は最初に戸惑うかもしれませんが、読み進めるにつれて主人公に感情移入し、非母語話者の立場から日本語を体験できると思います。

第二言語を用いて小説を書くと表現に苦労することもありますが、それは逆に文章を深める機会となります。母語ではつい手を出してしまいがちな、使い古された慣用句や言葉を失うと何が残るのか。そこで書き手の感覚が試されると思います。

これからも小説を通してこういった問題を問い続けたいと思います。

2021年に第2回京都文学賞の一般部門と海外部門の両方で最優秀賞を受賞。受賞作『鴨川ランナー』(講談社)は10月に刊行された

成長のためにはある程度の負荷が必要

グローバル教養学部では、全ての授業を英語で行うため、題材にする日本文学は英訳された翻訳作品です。日本語の作品を英語で学ぶのですから、回り道のような感覚になりますが、翻訳を介することで、新たな解釈が生まれることもあり、有意義な方法だと思っています。

現代社会では、身の回りの至るところに「言葉」や「文章」があふれています。その意味で私たちは常に「読者」として生きています。誰が、どのような状況で、何を伝えたくて書いたのか。それを判断するには、使われている言葉や文章表現から文意をくみ取る読解力を鍛えることが大切です。読解力は、表面的な情報に踊らされることなく、物事の本質を見極めるための「実践知」なのです。

本を読むことは、読解力や思考力の訓練に役立ちます。理解しやすいものだけでなく、少し難しい内容にもチャレンジしてほしいですね。手間と時間をかけながら、丁寧に理解した内容は、苦労が多い分深い学びを得られます。慌てずに向き合い、深く考えてみてください。その経験が成長につながるはずです。

(初出:広報誌『法政』2022年1・2月号)

GIS(グローバル教養学部)グローバル教養学科

グレゴリー・ケズナジャット 准教授(Gregory Khezrnejat)

1984年生まれ。米国クレムソン大学文学部英文学科と同大学理工学部情報科学科卒業、同志社大学文学研究科国文学専攻博士前期課程、同博士後期課程修了。博士(国文学)。関西大学非常勤講師、青山学院大学地球社会共生学部助教などを経て、2017年より本学GIS(グローバル教養学部)グローバル教養学科非常勤講師に着任、2020年より准教授、現在に至る。2021年に第2回京都文学賞の一般部門と海外部門の両方で最優秀賞を受賞し、受賞作『鴨川ランナー』(講談社)を刊行。

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