• ホーム
  • 教育
  • 「書き込み」が紡ぐ法政会計学の伝統と継承──60年の時代を超えた卒業生と現役生の交流

「書き込み」が紡ぐ法政会計学の伝統と継承──60年の時代を超えた卒業生と現役生の交流

経営学部経営学科
川島 健司 教授

  • 2022年8月2日 掲載
  • 取組み

半世紀ほど前の先輩の学習方法を、現代の学生が受け継ぎながら学ぶ。そんな経営学部川島教授の特色ある教育をご紹介します。

COVID-19が一変させた大学の授業

コロナ禍が始まり、早2年が経過しました。この間、大学では授業のあり方や学生の学びのスタイルが一変しました。私が担当する会計学の授業もオンライン形式になり、約350名の学生に授業動画をオンデマンド配信しています。実のところ、簿記や会計といった技術やルールを覚えることが多い科目は、学生が好きな時に自分のペースで繰り返し視聴できるオンデマンド型授業に多くの学習上の利点があります。しかし、その最大の欠点は、学生間のつながりが築けないこと、つまり学生間で友達を作れないことではないかと思います。学生の孤独感や孤立感を緩和させるにはどうすればよいか。

そこで、私の授業では、授業動画に対する感想や質問を全受講生間で常時共有し、その内容に対してさらに学生がコメントしたり回答したりする仕組みを作ることにしました。言い換えれば、それは会計学の授業をテーマにして学生がつながり合えるオンライン上のプラットフォームを構築することであり、そこに各学生がもつ多様な情報や意見を集積させて結びつけることで、授業に新たな価値を付加しようとする試みです。

60年前の卒業生から届いた1通のメール

学生間のつながりをさらに強化する方法はないかと考えていた矢先、およそ60年前に本学で学ばれていた卒業生から1通のメールが届きました。その方は、本学在学中に公認会計士の資格を取得され、卒業後は外資系監査法人で国内外の監査実務に従事され、本学でも教育・研究に従事された和食克雄先生です。

メールには、新居への引越を機に蔵書を大学に寄贈したいとの旨が書かれてありました。そこで内容を拝見するために、段ボール12箱分の蔵書を送っていただきました。会計・監査に関する学術的な和書・洋書から、監査を担当された会社や業界に関する書籍、さらにはご自身が関わられた会計・監査制度の立案に用いられた書籍や資料等まで多岐にわたり、改めて和食先生の活動領域の広さと深さをうかがわせるものでした。

その蔵書の整理中に、一見してよく読み込まれたことがわかる1冊の本が目にとまりました。それは1960年に出版された黒澤清著『會計學の基礎』であり、和食先生が大学時代に実際に使用して学ばれていた教科書です。本を開いて驚きました。そこには、当時の和食先生によって書かれた大量の「書き込み」が余白の随所に残されていたのです。私は整理作業の手を止めて、時間を忘れて書き込みの1つ1つを読みふけりました。教科書の内容を超えた和食先生の思考の跡が垣間見られ、それはまた、60年前の時空にタイムスリップしたかのような不思議な感覚でもありました。

約60年前の和食克雄先生の書き込み(黒澤清『會計學の基礎』千倉書房, 1960年, pp.22-23)

左下の余白の書き込み:「一切の企業活動の費用・支出、収益・収入という面から一元的に把握して、その収益・収入の合計と費用・支出の合計の比較から見た収益超過分を利益として算定する」。1960年代当時の実務であったいわゆる収益費用アプローチの利益観の要点が、万年筆による濃紺の文字で書き込まれている。

右上の余白の書き込み:いまとなっては実務で頻出する用語「Going Concern」の英文字が書き込まれている。当時は時代の最先端の言葉であったに違いない。日本でいわゆるゴーイング・コンサーン監査が始まったのは、この書き込みから40年余りが経過した2003年3月期決算からである。

コロナ禍で活かされた「書き込み」という教育資源

読了後、私はこの書き込み自体が、極めて貴重でユニークな教育資源だと考えました。早速、現役学生に書き込みの一部を写真に撮って配信したところ、デジタルの教材に慣れ親しんだ多くの学生にとってかえって新鮮であったようであり、数多くの好意的な反響がありました。なかには、「こうした伝統がある大学で会計学が学べることを誇りに思う」という声もあり、学生の学習意欲の向上にもつながる手応えを感じました。

今、私の授業では、和食先生の書き込みを読むだけでは終わらせずに、学生自身も書き込みを「実践する」ように指導しています。学生は教科書に授業内外で調べたり考察したりしたことをできるだけ詳しく書き込み、さらにそれを全受講生で共有するようにしています。各学生は定期的にスマートフォンで自分の教科書を撮影し、その画像をオンライン上に投稿し、皆が互いの書き込みの内容から学び合うという仕組みです。これもコロナ禍になり、オンラインですべての学生がつながったからこそ可能になった新しい授業の試みです。

現在の現役学生の書き込み

現役学生による書き込みの実践例:学生は学友の書き込みの内容のほか、色の使い方や付箋の使い方など、各自の書き込みのこだわりも共有しながら、学習を進めている。授業では受講生が気に入った書き込みを投票で選ぶ「書き込みコンテスト」を余興で実施し、書き込みの動機付けにつなげている。入賞した宮下倖成君(経営学部3年生, 上段中央)は、「法政大学が大好きなので、大学カラーであるオレンジと青の蛍光ペンを多めに使った」とのことで、専門用語や授業内容の意味を自分で咀嚼しながら書き込み、自分だけの特別なページを作成した。

卒業生と現役生の交流が法政会計学の伝統を継承する

和食先生が大学生として在籍された1960年代は、日本の高度経済成長期の最中でした。当時、本学で会計を学ばれた先輩方は、高度会計人として日本の経済発展に貢献されようと高い志で勉学に励んでおられたに違いありません。それから60年余りが経過した今、現役学生たちは、書き込みの文字が発する当時の先輩の息遣いを感じ取りながら、思い思いに多くの知見と熱い気概を書き込みから吸収しています。それは60年という時間を超えた先輩と現役生との交流です。

よき友よき先輩つどひ結べり──先輩が書き残した書き込みを通じて、法政会計学の伝統が今に継承され、そしてこれからのさらなる発展へとつなげていきたいとの思いを強くしています。

(初出:『法政大学法友会会報』第32号、2022年7月)

経営学部経営学科

川島 健司 教授(Kawashima Kenji)

1977年生まれ。法政大学大学院 経営学研究科(ビジネススクール)/法政大学経営学部 教授。法政大学第二高等学校卒、法政大学経営学部卒、一橋大学大学院商学研究科卒(博士, 2005年)、2015年-2017年, University of California, Berkeley客員研究員。専門は会計学、財務諸表分析、インベスター・リレーションズ。実在する上場企業の実話・実データで簿記・会計・企業価値評価法を解説した『起業ストーリーで学ぶ会計』(中央経済社)を2021年に発刊。法政大学「学生が選ぶベストティーチャー賞」2年連続受賞(2020年度・2021年度)。

ページトップへ